2017年1月28日 (土)

「よろこびの歌」宮下奈都

同窓会の案内も来たことだし、青春群像小説で何か、と知り合いのレファランサーにリクエストしたら推薦してくれました。
直前に読んだ「脱限界集落株式会社」に比べると文学、という感じがしました。
「もしドラ」もそうですが、伝えようとする「話」があってそれを伝えたい場合に、最適な伝達手段として小説という形式を選択したにすぎないときには、文学的な「修辞」はノイズとして退けられます。
一方、文学としての快楽を提供することが主目的である場合には、「話」自体も、高い文学的快楽を提供するための素材の一つであり、「修辞」上の技巧の方により重きが置かれるでしょう。

「もしドラ」も最近いくつか読んだ地域おこし系小説も「話」は参考になりましたが、文学的快楽というのとは別物でした。

その点で、本書は、なんというか文学的な香りがするという意味で、文学を志向するという意味で、本格的な小説でした。

なにしろ、「話」の内容は女子高生の些細な挫折や屈託とその克服のきっかけ、といったようなものであるので、おじさんにとっては、ほぼ無価値。とりたてて仕事上女子高生と接する必要性があるとかといった事情もない。
なので、もっぱら修辞上の文学的快楽を味わいましたが、かよかったです。

思うに、私にとっては、この「話」と「修辞」とが3対7くらいがちょうどいい割合なようです。
これが0対10になって「話」が皆無で延々と個人的な心情を聞かされるだけだと、さすがに苦痛です。
かといって、10対0だと、話の中身を知るだけで文学的快楽は得られません。
ということで、話3・技巧7、くらいの淡い小説が、小説本体としては好きです。
例えば、井伏鱒二、国木田独歩と、夏目漱石なら草枕、といったところです。

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2016年6月11日 (土)

(日フィル定期)ブラームス

2016.6.10
小泉和裕指揮
シューマン:マンフレッド序曲
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ブラームス:交響曲2番
ブラームスはフィナーレが好きです。
フィナーレに至る道のりはゲルマン人らしい粘着質な集中力で、気を抜くと途端についていけなくなります。
だが、その道を上り詰めたフィナーレの爆発には身震いがします。
今日の変奏曲も交響曲2番もフィナーレに至る前は、優等生っぽい律儀な楽曲で面白みがなく、私にはついていくのが面倒くさいのですが、それだけにフィナーレに至ってついに限界点を超えて炸裂し輝きを発するのは快感です。
交響曲2番でいえば、4楽章終わりのフィナーレに入って、全楽の強烈なスタッカート連打、そしてその後、落ち着こうとしてもすぐに声が裏返ってしまう辺り。
この辺も、もしかしたら、指揮者小泉さんの予定としてはもっと抑制を利かせた渋い演奏にしたかったのではないかと想像しますが、そこは日フィルが我慢の限界とばかりにすっかり普段ののりのりの演奏に突っ走っていました。
それがまた、抑制と爆発のコントラストの強さとなって今日の演奏の特徴となったと思います。
これはこれで指揮者とオーケストラとの出会いの妙といえるでしょう。

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2016年6月 5日 (日)

ミャンマー旅(その8)交通事情(乗り物博物館)

農耕機に荷台を付けたの、
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バイクに荷台を付けたの、
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バイクの脇に座席を付けたサイドカー、
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自転車の脇に座席を付けたサイドカーなどなど。
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おまけ
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これは観光用です。当然、乗りました。案外馬力が強く、4人で乗ってもへっちゃらでした。

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2016年6月 4日 (土)

ミャンマー旅(その7)軍事政権の気まぐれ?

(バイク自転車禁止)
ヤンゴンはバイク自転車禁止だそうです。ベトナムや昔の中国の混乱を見て、軍事政権が何とか流入を食い止めようとしている、といううわさ。
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もっとも、マンダレーのような地方都市までは監視の目が行き届かないのか、バイク4人乗りなど、ベトナムと同じ活気がありました。
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(車は右側通行)
ほぼ全ての自動車が右ハンドルなのに、車線はなぜか日本と逆。隣国タイも左側通行だし、英国領だったりしたので、そのまま左側通行にしておけばよかったのに、最近になってわざわざ右側通行に変更したのだとか。ドライバーが助手席の方を振り向いてもっと先を覗き込むシーンがよくありました。やっぱり危険だと思います。
これも、軍事政権の気まぐれのなせる業、といううわさ。

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2016年6月 3日 (金)

ミャンマー旅(その6)交通事情(庶民の足)

(トラックの荷台バスが庶民の足)
よく見かけます。長椅子があり、転落しないように手すりが渡してあります。
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(荷物の上に人)
山のように荷物を積んだトラックの荷物の上に作業員が乗っているのもよく見かけます。振り落とされないのでしょうか。
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2016年6月 2日 (木)

ミャンマー旅(その5)交通事情(ここは日本?)

日本メーカーの車ばかり、というだけではありません。右ハンドルばかり、というだけでもありません。荷台などの表示が、「山本電器 電話番号000」、「田中運送 神奈川県認可○○」、「佐藤表具店 京都府下京区○○」、「大阪府環境基準適合車」、、、
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空港の搭乗バスに乗れば、「つり革にお掴まりください」、「お降りの方はボタンを押してください」
といった具合です。どこにいるのか錯覚してしまいます。
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2016年6月 1日 (水)

ミャンマー旅(その4)ミャンマーは篤い

ミャンマーでは、日々の生活もお祝いもお寺とお坊様がよりどころなようです。
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ミャンマーでは、皆、子供のうちに一度はお寺で修行するのだそうです。
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もっとも、托鉢に回ると、ご近所の人が門前にテーブルを出して待ちかねているので、すぐに用は足ります。お菓子なども貰えているようです。
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無事に修行を終えれば、家族でお祝いしてくれるとか。
なので若者は身なりは現代風に髪を染めたりしていますが、自然と節度をわきまえ、危なげがありません。
朝のお寺はお参りする人が後を絶ちません。生活に深くしみ込んでいるのでしょう。
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お寺中心の、自発的な寄進に基づく社会保障なので、不満や不公平感は起こりようがありません。弱者にまで福祉が届きにくくなりがちなアジアにおいて、最も弱者にやさしい社会といえましょう。
犬も猫も小鳥も、そのおこぼれにあずかって幸せそうです。
写真は、パゴダの参道途中の明りとりの穴。風が通って涼しいのです。
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2016年5月31日 (火)

ミャンマー旅(その3)ミャンマーは熱い

ミャンマー観光といえば、お寺。このお寺を見物するには、裸足になるのがマナー。それも、建物に上がるところからではなく、門をくぐるところから。そこで下駄箱に靴を置いて、靴下も脱いで、庭を横断して建物に入ります。午後になると、コンクリートでも敷石でも、日に焼けて熱い。
ミャンマー観光は熱いです。
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もっとも、お堂や長いアーケードの参道はひんやりとしたタイル張り。風も通ってお昼寝好適地。参拝客は、日本でいえば温泉施設のように、終日ゆっくりと寛いでいます。インフラは不足でも、クールシェアで心身ともに健やかです。
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2016年5月30日 (月)

ミャンマー旅(その2)ミャンマーは暑い

4月・5月のミャンマーは「暑季」。気温は44度という途方もない数字でした。中部マンダレーは乾燥地帯で湿気が少ないのが救いですが、やはり暑い。
動けるのは夜明け前後と日没後だけでした。朝8時を過ぎるともう日陰をたどってでないと歩く気がしません。

お坊さんをご自宅に呼んでの結婚式も朝6時から!
でも、早朝のすがすがしい空気が心地よかったです。
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早朝がお洗濯兼水浴びタイムのようです。
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民族衣装の腰巻「ロンジー」を、見学に行った織物工場で買って、さっそく滞在中に愛用しました。
ミャンマーでは、公務員は着用義務があり、銀行員も会社員も土木作業員もみんなロンジーを履いています。
これが、

直射日光などから肌を守りつつ、暑ければ捲ればいいという優れもので、何といっても、下はビーチサンダルとのコーディネートになるので、暑い国では最も快適な衣類といえるでしょう。
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日本のクールビズでは、真夏はズボンが汗でべっとりくっついて不快だし、革靴は何となくそぐわないし、靴下は暑苦しいところです。ロンジーにビーチサンダルの方が身だしなみが整っていて機能性が高いと思います。
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2016年5月29日 (日)

ミャンマー旅(その1)はるばるきたぜミャンマー

前回のベトナム中部旅をご一緒した友人が晴れてミャンマーの方と結ばれたと聞きつけて、呼ばれもしないのにミャンマーでの結婚式に参加してきました。
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場所は、ミャンマー中部の古都マンダレー。
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街の北にあるマンダレーヒルから大河エラワヤーディ川に日が沈みます。
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ビルマの竪琴の記述のとおり、乳白色の夕暮れから、すとんと日が落ちて真っ暗の夜になります。

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