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2011年9月 3日 (土)

(音楽)日フィル定期マーラー

サントリーホールで、日フィル定期演奏会に行ってきました。

マーラーの交響曲第3番。

マーラーの音楽は、ビジュアルな効果も盛り込まれているので、コンサートホールで聞くと、CDで聞くより何倍も面白いと思いました。

まず、ホルン8本の斉唱。
8つのホルンがいっせいに採りあげられて奏で始めると、音だけではなく、黄金色の8つの楽器が照明にきらきら輝いて、耳ばかりでなく目も引きつけられます。
第1楽章の各所で、そして、終楽章のフィナーレ近くで、この効果的な演出が「見られます」。

そして、シンバルとティンパニーが2組なのも視覚効果を考えてのことでしょう。
シンバル2組、4つの円盤が鳴り響いた後、それぞれ両手いっぱいに広がってゆらゆらと揺れるたびに、これもきらきら輝きます。
シンバルは、いろいろな打楽器との掛け持ちですが、ティンパニーは2人。頑張れば1組でも何とかなりそうですが、やはり、終楽章の荘厳なフィナーレの最後を視覚的にも盛り上げるために、あえて2組としているに違いありません。

ベルアップというのでしょうか、木管楽器が一斉に楽器を水平まで持ち上げるのも、視覚効果が主な目的なのでしょう。

あと、見ていて発見があったのは、フルートが4本ともピッコロに持ち替えていること。
第1楽章の後半で、天に浮き上がったような雰囲気になるのは、このせいだったのか、と感じました。夜が明けて光り輝く第5楽章の終わり近くでも、この4本ともピッコロが見られました。

30分以上かかる第1楽章が終わって指揮棒が下りた途端に、次にそれを持ち上げるのはちょっと待ってくれ、といわんばかりに、皆一斉に大急ぎで楽器の手入れをし始めたのも、生演奏でないと気が付きません。

6楽章のうち、第4、第5楽章に声楽入りの楽章が挿入されています。この第4楽章の深い夜の闇と第5楽章のまばゆいばかりの晴れ晴れとした世界の対比が際立っていて、残りの器楽4楽章で言わんとしていたことの要素を分かりやすく提示しているようです。

第5楽章は、アルト独唱が救済を求めるペテロ、それに救済と祝福を与える女声合唱と児童合唱、というものですが、なんだか、冤罪が晴れた瞬間、というか、とうとう赦免船に乗せてもらえた瞬間というか、そんなちょっと屈折した深い幸福、が感じられてかなり感動しました。

そのまま終楽章に続き、穏やかながらも弦楽器が息も継げないほどの緊張感で静かな旋律を奏でます。
だいぶしばらくたって、木管楽器、金管楽器が、出番が来ると、その直前になってから楽器の手入れをして、次々参加していきます。

自室で一人ピアノに向かって作った作曲専門家の音楽ではなく、日々オーケストラと仕事をしている指揮者の作った音楽だと感じました。
ウェーブのように波及していって、オーケストラ全体が一個の生命体のように躍動しています。

マーラーの音楽においてオーケストラは楽譜の記載を再現するための装置ではなく、逆に、楽譜はオーケストラに命を吹き込むことを目的とした遺伝子情報のようなものなのでしょう。

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