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2012年8月19日 (日)

壬生寺六斎念仏踊り

8月9日、お盆の精霊迎えの行事があちこちで行われているとき、壬生寺では、万燈会と、六斎念仏おどりが行われます。1

六斎念仏は、空也上人が始めた踊念仏が、民間で伝承される間に、娯楽的要素が加わったりして今日に至るもので、京都ではいくつかの団体で受け継がれており、国の重要無形文化財に指定されています。
この日壬生寺で、精霊迎えの万燈に覆われた本堂を背景に奉納されたものは、祇園囃子や、太鼓の早打ちなどの楽しいものでした。
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最後の獅子舞は、二人ひと組の獅子が、連続宙返りをしたり、碁盤6段重ねの上に二人乗ってさらに、一人が逆立ちしたり、とアクロバティックなものでした。サーカスや体操の床演技のような超絶技巧ではありませんが、狭い舞台で伴奏隊の間に転げこんだり、大技をやるときは後見の先達がさりげなく両脇に控えたり、獅子のかぶり物の下で、次の技に向けてもそもそと二人息を合わせていたり、だんだん疲れでふらつきが目立ったり、と、かなり手に汗握るスリリングな演技で、客席からは盛んに拍手が上がりました。

最後は、土蜘蛛が登場、糸を派手に撒きます。糸の先の鉛の玉は縁起ものだそうで、みな拾い集めていました。
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音楽的には、祇園囃子と同じ、鉦、笛、太鼓が基本で、大太鼓が加わることもあります。笛と鉦を伴奏に、太鼓隊が二組に分かれて掛け合いをする、というパターンが多く、中には、長い旋律がカノン風に重なりながら追いかけあい、交互にメロディーと伴奏を繰り返すものもありました。

また、基本形を速度や振付を変えつつ繰り返しながらクライマックスに至るという様式になっています。各フレーズがゆっくりと始まって次第に早まり、そして、交替して次のフレーズがゆっくりと始まる、など。また、最初は初心者らしい子供がかわいらしく演じ、次第に、ベテランが見事な技を繰り出していく、というような演目もありました。
この、同じフレーズを交替しながら繰り返すというのは、見る側にとっては、演技や速度のバリエーションがあっても、また、まったく同じことの繰り返しでも、ラベルのボレロのような高揚感が得られる演出となっています。
他方、伝承するシステムとしては、初心者であっても本番の舞台経験を積めるし、単純化によって、完成度の割には、習得しやすくなっている、という利点があるのではないでしょうか。
それと、この辺の子供たちは、小さいうちから、自然と馴染んでいるようです。
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各年代の近所の子供たちが、その辺を走りまわって遊んでいましたが、最後に獅子が出てくると、舞台に寄ってきて、面白がったり怖がったりしていました。
きっとこの中から、舞台に上がる子も出てくるのでしょう。

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