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2012年8月12日 (日)

六道まいり

お盆というのは、仏教本来の教義によるというよりは、自然発生的な土俗的なもののようで、各地でかなり違っているようです。
私は関東で育ちましたが、お盆というと、薄暗くなった時分にお墓参りをして、提灯に灯りをともして家に連れ帰り、ナスやキュウリにおがらで足をつけ、庭先でおがらを燃やして送り火をし、お墓までお見送りをする、というような感じでした。
その時期(関東では7月13日から15日でしたが)は、スーパーでおがらが売っているのでまあ、一般的なんだと思います。
もっともこれは、ちょうど、というのは何ですが、小さいときに祖父が亡くなって近所に墓を新調したという偶然のおかげなので、旧家の宗家でもない限り、首都圏のベッドタウンの住民の多くは、そんな体験もしないで大人になっているのでしょう。

さて、洛中では、もっとも一般的には、五山の送り火を見る、というものでしょう。

一方、六道まいりというのもあります。
これは、個人のお墓というような小さなものではなく、洛中の人が葬られる地域全体の墓所、いわばあの世に一番近い場所まで出向くというものです。
かつて洛中全体の墓所は、3か所あって、そのうちの一つは、鴨川の東の鳥辺野。
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かつて、洛中の人は、死ぬと、この松原橋を渡って鳥辺野に運ばれ、鳥葬にされました。
橋の向こう側は、六波羅。あちら側の鳥辺野とこちら側との境目。そこに、六道珍皇寺があります。小野篁が夜な夜なあちら側に行って閻魔大王の陪審をしていたというところ。
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六道まいりの参拝順序は、まず、参道で高野槙の枝を買い(500円くらい)、次に水塔婆という薄っぺらい板に亡くなった方の名前を書いてもらい寺のはんこをもらい(300円)、あちらにも届くという迎え鐘を突き、本堂にお参りして、お地蔵さんの前に槙の枝と一緒にお納めする、というもの。
最近亡くなった親戚を供養してもらおうかとも思いましたが、宗派があるしなあ、と迷っているうちに、鐘を突く行列が、門の外まで延々と続いているのに気付き、あっさり断念しました。

門前の松原通りは、自動車通行止めで、屋台がちらほら。
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しょぼしょぼ感が、盆踊りとか、ねぷたとか、よさこいとか、阿波踊りととかとはちょっと違いますが、これはこれでお盆らしいような気もします。

迎え鐘を突く、と書いてしまいましたが、ここでは誤りで、紐を引っ張って鳴らすので、正しくは、鐘を引く、ということになりましょうか。つまり、普通の鐘は、勢いをつけて紐を引き、緩めた後に音が出ますが、この鐘は、勢いをつけて、紐を引っ張った瞬間に音が出ます。
どうなっているかは、全体が覆われていて穴から紐が出ているだけなので分かりません。

近くにある六波羅蜜寺も、同じ手順で、鐘の引き方も同じでした。
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大の字に灯りをともしています。法要が行われている本堂の中にも同様に大の字がありました。四元素に空を加えた五大の意味だそうです。

翌日、京都のもうひとつの墓所、蓮台野にある、千本ゑんま堂に行ってみました。
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本堂裏に、池がありたくさんの地蔵さんが浮かぶ中、そこに水塔婆を流すそうです。
御丁寧に、水を噴出させて流れを作っています。御本尊は閻魔さま、本堂手前の真っ赤な像もけっこうな迫力です。
ちなみに、その縁起によると、鳥辺野、化野、連台野の3か所を墓所と決めたのも小野篁だそうです。変なことに興味を持つ人だったのでしょうか。
境内に紫式部の像もあります。愛欲を描いた小説を書いたので地獄で苦しめられているところを、篁が閻魔大王にとりなして救助したのだとか。

ところで、こちらの迎え鐘はオープンな鐘楼にある普通の鐘でした。

近くの千本釈迦堂にも灯りがともっていましたが、こちらは、お参りする人の姿は見られませんでした。
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おまけに、大文字山の夕映え。
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