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2012年11月30日 (金)

京都の紅葉

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大混雑が懸念されるので、ちょっと早い時期に、紅葉見物に行きました。まず、大徳寺。広い寺域を散歩していると、白い塀の上にモミジが見えたりして、いい雰囲気です。

高桐院に入ってみました。
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方丈の庭園は、枯山水ではなく、緑の苔が柔らかな印象。ぽつんとある灯篭に何ともいえぬ味わいがあります。

この灯篭、千利休愛蔵のもので、秀吉に所望され、渡さないために一部を打ち壊したものだそうです。利休は、素性の知れない一見さんは、いくら金を積まれても通そうとしない意地っ張り京都人の権化のような人なのでしょう。

その美を理解できないのに、権力にものを言わせて自分のものにしようというような仕打ちに対しては、国宝でも破壊してしまおうという熾烈さをみると、ともすると傲岸にも感じられる京都人のふるまいは、実は、日本文化の管理人を自認し責任を負っている重圧によるものだったのか、などと納得したりします。

もっとも、堺出身の利休、頭に血が上って逆らった挙句に切腹を命ぜられるようでは、まだまだ京都人のしたたかさには達していなかったということなのかもしれません。

利休は切腹の際に、この灯篭を細川三斎公に、たぶん無償で、遺贈しました。それで、本物は細川三斎寄進のこの高桐院の細川家歴代の墓の入り口に安置されています。
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細川三斎という武人は、ガラシャ夫人という明智光秀の娘でキリシタンというやっかいな正室を持ち、利休の助命をしたりとすれすれのことをしながら、冷静さを失わず、足利、織田、豊臣、徳川としなやかにしのぎ切ったネイティブ京都人でした。

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さて、方丈西側の路地庭が、茶人細川三斎の粋を感じさせる温かみのあるすばらしいものでした。

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これは、礎石を手水鉢に転用したもので、三斎公お気に入りで、参勤交代の際には、持ってこさせたとか。文化人の主君を持つと、家臣もたいへんです。

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このエントランス、真っ赤に紅葉したところはJRのポスターになってます。その頃は、賑わうことでしょう。

黄梅院にも行きました。撮影禁止でしたが、解説付きで、利休作の庭があって、枯山水風の路地庭で面白く、本堂の前の枯山水の破頭庭という庭も、手前側を白砂で明りとりとし、奥に苔庭を配して石と木を簡単に配した簡素で潔いもので落ち着きます。

天井の高い庫裡も見学できました。おくどさんの上に、例の、愛宕神社の「火迺要慎」の護符が。きっと、神道は、他の宗教とは競合しないのでしょう。

 

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