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2012年11月16日 (金)

愛宕山

文化の日、愛宕山に登ってきました。
「火迺要慎(ひのようじん)」とある愛宕神社の火伏札は、お店やら事務所の流しやら消火栓やら、京都中にべたべた貼られていますが、この山のてっぺんまで歩いて登らないと手に入らないのです。
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崇徳院が呪詛を行ったとされたり、明智光秀が本能寺に向かう前に戦勝を祈願し、意味ありげな句を残したり、と霊験あらたかな場所です。隠遁地嵯峨野のはるかそのまた奥の密林原野の立地だったからでしょう。

ところどころ紅葉が始まっていました。
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鉄道唱歌に出てくる東京の愛宕山のような観光地かと思っていましたが、そういうちゃらちゃらした茶屋などは一切なく、山頂の神社に社務所があるだけで、道中も、2時間ひたすら登るハードなものでした。
以前は、かわらけ投げなどの娯楽もあり、落語にも出てくる観光地で、ケーブルカーもあったそうですが、戦争中に撤去され、それ以来、静かな霊山に戻ったようです。Photo_4

3歳までに登ると一生火事に遇わないのだそうで、その関係なのか、保育園の遠足でもあるらしく、小さい子供を連れた家族がたくさん登っています。元気に駆け回る子供もいますが、足を引きづり抱っこをねだる脱落寸前の子供が、おだてられ励まされている姿の方がはるかに多く、中には完全に脱落して、親が荷物を直すのにちょっと地上に下ろされただけで大泣きする断固拒否型も見受けられました。
子供は、以前は、その辺の野良に放任されていたので、このくらいはへっちゃらだったのかもしれませんが、ベビーカーと自動車で移動する現代においては、通過儀礼としてはちょっと過酷過ぎるようです。
それでも登らねばならないのは、習わしの多い京都生活の窮屈な一面なのかもしれません。
どちらかというと、二度と登山はいやだ、となる子の方が多いのでは、と他人事ながら危惧されます。
Photo_3

水尾に下りました。
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柚風呂に浸かって、鍋をいただきました。保津峡駅まで送っていただきましたが、険しい山中をしばらくかかりました。保津峡駅自体も険しい峡谷の中の何もないところですから、水尾というところは、まさに山上集落の柚の里でした。

帰って、早速、部屋の台所に貼りました。
Photo_11

ついでに、祇園祭の粽を取り出して玄関に飾ろうとしましたが、
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これは、だめでした。共用部分なので撤去するよう早速管理人さんに指導を受けました。ごもっとも。

他に、財布には壬生狂言の土蜘蛛の糸の軸の鉛も入っています。送り火の残り炭などなど、京都生活の縁起物はきりがありません。

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